脳のまねをしたら、賢くなると思った
この動画を3行で要約
- 1回目のAIブームの始まりと終わりをたどります。
- 1958年のパーセプトロンへの期待と1969年の指摘を解説します。
- 期待とできることの差がブームを終わらせたと分かります。
章タイムスタンプ(6章)
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オープニング:1958年のパーセプトロンが、第1次ブームの象徴になった
動画の冒頭では「1958年のパーセプトロンが、第1次ブームの象徴になった」というメッセージだけが先に示されます。分野に名前がついてすぐ集まった大きな期待の中身を追う回です。
1回目のAIブームとパーセプトロンの登場
こんにちは、しゅうへいです。今日は、1回目のAIブームの話をします。分野に名前がついてすぐ、ここには大きな期待が集まりました。その象徴が、1958年に出たパーセプトロンです。名前は難しく聞こえますが、やろうとしたことはシンプルでした。これは、機械に学ばせようとした初期の代表例でもあります。1回目のブームがどこから来て、どこで終わったのか、この回ではその流れを追いかけます。
脳のまねをした仕組み
パーセプトロンは、脳の神経のつながりをまねた仕組みです。入力を受け取って、つながりの強さを調整しながら、答えを出します。まちがえたら、そのつながりの強さを直します。人がルールを書かなくても、機械のほうで調整していく形ですね。決まった手順を人が全部書くのではなく、例を見せて覚えさせる。当時としては、かなり新しい発想でした。今のAIにつながる考え方が、この時点でもう出ています。当時、ここにはかなり夢が広がりました。脳のまねをすれば、そのうち人と同じように考えるはずだ、という期待です。
1969年、指摘された限界
ところが1969年、ミンスキーたちが、この仕組みには解けない問題があると指摘します。できることの範囲に、はっきりと線が引かれた形です。当時の仕組みでは扱えない形の問題がある、という指摘ですね。指摘されたのは限界であって、この仕組みが消えたわけではありません。それでも、線が見えた瞬間に空気は変わりました。できると思われていたものに、上限が見えたからです。
期待がしぼみ、最初の冬の時代へ
限界の指摘などをきっかけに、期待がしぼんでいきます。こうして1970年代の半ばから、最初の冬の時代に入りました。一度冷えると、戻るまでに時間がかかるわけですね。ここで押さえておきたいのは、ブームが終わった理由のほうです。技術が消えたからではありません。期待と、実際にできることの差が見えたからでした。期待が大きいほど、差が見えたときの落ち込みも大きくなる。このあとの歴史でも、ブームと冬は、もう一度くり返されます。
相談は概要欄の個別面談リンクへ
うまくいかない時期に何をやるかの話は、個別面談でもよくしています。個別面談の詳しい内容のリンクが概要欄、動画ページの下にありますので、見てみてください。なお、この講義の音声はAIで生成しています。
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