賢さを、全部ルールで書こうとした
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- 1980年代の2回目のAIブームをたどる回です。
- 専門家の知識を人がルールで書くエキスパートシステムを扱います。
- 人の手で書ける量に上限があると見えた経緯が分かります。
章タイムスタンプ(5章)
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オープニング:2回目のブームは、人が手で書いた
動画の冒頭では「2回目のブームは、人が手で書いた」というメッセージだけが先に示されます。冬の時代を抜けたあと、AIがもう一度注目された経緯を追う回です。
2回目のブームとエキスパートシステム
こんにちは、しゅうへいです。今日は、2回目のAIブームの話をします。冬の時代を抜けて、1980年代にAIはもう一度大きく注目されました。このときの主役が、エキスパートシステムです。専門家の代わりをするシステム、という意味の名前ですね。1回目の冬のあとに出てきたのは、まったく逆の考え方でした。このころ中心になったのは、機械に学ばせる方式ではなく、人がルールを書く方式です。
人がルールを書く方式
やり方は、1回目とまったく違います。機械に学ばせるのではなく、専門家の知識を人がルールとして書き出す方式です。こういう条件のときは、こう判断する。現場の専門家が持っている判断を、条件と結論の形に直して入れていきます。それを1本ずつ積み上げて、専門家の代わりをさせる。決まった範囲の中では強くて、実際に仕事の現場でも使われました。賢さというのは、人が書き出せるものだと思われていた時期ですね。
ルールを書き切れなくなる
問題は、その先にありました。現場で使おうとすると、ルールはどんどん増えていきます。そして現実のほうは、書いているあいだにも変わっていきます。書き足す手と、直す手が追いつかなくなりました。
2回目の冬の時代へ
ルールの追加や手入れが追いつかず、当てはめられる範囲にも限界があった。そうして1980年代の末から、2回目の冬の時代に入ります。手で全部書こうとして力尽きる感じは、ぼくには他人事に思えません。やる気がなかったわけじゃなくて、量に負けたということですよね。ここまでに、夏が2回来て、冬も2回来ました。1回目は機械に学ばせようとして届かず、2回目は人が全部書こうとして届かなかった。人の手で書ける量には、上限があったということですね。それでも、この時期に企業がAIを実際に業務で使ったという経験は残ります。AIはまだ、人の手の延長にありました。なお、この講義の音声はAIで生成しています。
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